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ヤクとアヒル

日常の問題を解決したときにつけるログ

山本義隆:『福島の原発事故をめぐって』読了.感想と疑問.

本書で得られる知見

  • 原発の成立が政治的観点から整理されている(本書前半).
  • 原発の技術的問題点の指摘(ただし参考文献の引用が殆ど.後述の疑問点あり)
  • 科学技術史の視点から見た,近現代における科学技術の盲信と,そのような観点で原発を捉えることへの異議.

主張の要約

原発の技術は未熟だ

一度事故が起きれば,数万年の間毒性を失わない放射性廃棄物で汚染される地域が出る,それを後世に残す権利は無いのだから,脱原発しなければならない.そのためには多少の不便を許容するべき.

日本に原発が導入されたのは,エネルギー需要からではなく,パワー・ポリティクスの観点からだ

核兵器へ転用できる原発の技術を保持し,国際社会で発言力を持つためだ*1.しかし,このような,核技術の保有が国際社会における発言権を持つことと同義という観念は,核燃料サイクルの開発を外交問題として位置づけ,原発の保有そのものが目的とする.これにより,経済収益性や技術的安定性は軽視され,また,アジアに緊張をもたらしてしまう.よって,その観念は唾棄し,率先して脱原発・原爆社会を宣言して世界にモデルを示すべき.

感想 1 - 著者の主張について

(以下,引用には可読性のために変更を加えています.具体的には,原文では漢数字(一,二,三,…)だったものをアラビア数字(1,2,3,…)に変えたり,「ミリ」を「mm」に変える程度です.)
私的には以下の引用部分に全てが集約されていると感じた.

……私は,原発を廃止したら電力が大きく不足するといった類の宣伝を額面通りに信じていない.実際には二〇世紀末より電力需要は減少している……たとえ電力会社や経産省の言い分どおりだとしても,そして生産活動にいくばくかの支障が出るとしても,生活が幾分か不便になるとしても,それでも原発はやめなければならないと思っている.自己のもたらす被害があまりにも大きいだけではない.いずれウラン資源も枯渇するであろう.しかしその間に,地球の大気と海洋そして大地を放射線物質で汚染し,何世代・何十世代もの後の日本人に,いや人類に,何万年も毒性を失わない大量の廃棄物,そして人の近づくことのできないいくつもの廃炉跡,さらには半径何キロ圏にもわたって人間の生活を拒むことになる事故の跡地,などを残す権利はわれわれにはない.そのようなものを後世に押し付けるということは,端的に子孫に対する犯罪である.……
(pp.92-93 強調部は引用者による)

これは山本先生の著書『新・物理入門』(増補改訂版,2004)の以下の記述と一貫している.

水素爆弾原子爆弾の非人間性はいうまでもないが,原子炉も,一度事故が起これば放射性物質を広範囲にまき散らし,その危険性は,その及ぶ規模と期間において他の事故とは比較にならないほど大きい.
のみならず,原子炉は質量をエネルギーに変えていると通常言われているが,正しくは,結合エネルギー(質量欠損)のわずかな差をエネルギーに変えているのである.つまり質量数(核子数)自体は保存するので,エネルギーを取り出しても核子の総数は変わらず,それらが放射性原子核として残される.つまり原子炉を運転すればするほど危険な放射性廃棄物が生み出され蓄積され,そのつけを子々孫々に残すことになる.
(増補改訂版 p.330)

ところで,本書の主張は,著者自身が「特別にユニークなことが書かれているわけではありません」(あとがき より)と言っているように,目新しいものではないのかもしれない.原発の技術的な問題点を定量的な調査結果から考察するといったこともないのでそれは期待しないこと.
僕は,原発の成立についての時代背景をな〜んにもしらなかったので,原発の導入は,エネルギー需要に答えるというよりはむしろ国際的発言力を得るためだという記述は初耳だった.
記述は他所からの引用が多く(ただし,上述の通り,技術的*2な資料を引用することはない),パワー・ポリティクスがどーのというのは岸信介の回顧録やら外務省の非公式組織の資料から引用されていて,一応の信ぴょう性を僕は信じている(まあその引用が正しいかどうかで疑問点が出てきたのだが).
あと,科学史的な記述は楽しい知見だと思った.この観点で俯瞰した(とまでは言えないかもしれない*3)議論は震災後初耳だった.ただし,文学作品などを引用し,「その時代の見方はこのようなものだった」と説明している部分が,本当に正しいのかどうかは僕にはわからない.この本の記述だけを元に,その結論が論理的に得られるかというとそんなことはないはずだ.ここは著者を信じて読んだ部分だ.

感想 2 - 原子力村への批判

本書は筆が走ったのか,「原子力村」への痛烈な批判が書かれていて,多少面食らった.元・東京電力副社長原子力本部長 榎本聡明による『原子力発電がよく分かる本』の以下の記述

…処分場閉鎖後,数万年というこれまでに経験のない超長期の安全性の確保が求められます.したがって,地層処分事業を円滑に実施するためには,自供の異議やそのしくみについて,各地方自治体や国民に広く理解,協力を得る必要があり,理解活動がより一層重要となります.
(p.36-37から孫引き)

に対して,以下のように気炎を上げている.

正気で言っているのかどうか疑わしい.「数万年以上」にわたる「超長期の安全性」を一体誰がどのように「確保」しうるのだろう.……ちなみに,「理解活動」とはなんのことか.これまでのように,札束の力で「理解」させる「活動」のことなのだろうか
(p.37 強調部は引用者による)

疑問点 引用文の真偽について

本書の内容はそれなりに筋が通っていると思うが,一つ疑問点がある.本書は引用を用いた議論で構成されているのだが,特に技術的問題点の列挙に関しては,ほぼ引用に頼っている.
私がひっかかったのは,ここで,平井憲夫「原発がどんなものか知ってほしい」から引用がなされていることだ(参考文献によれば[『情況』2011年4・5月合併号,p.36]から引用されているが原文自体はもう少し古いようだ.また,リンク先で全文を読むことができる).この記事は原発事故当時twitterで流れたことがあり,僕も読んだことがあったのだけど,「この文章には誤りがある」という指摘もあった.だから,引用元の正確性についての検討はされているのか?と疑問をもった.
山本先生は理論物理に通暁していると想像するし,おそらく核科学についても素人よりははるかに通じているはずだが,本人の言の通り原子力の専門家ではないから,参考文献として引いている,「技術者の体験談」の真偽の検証は難しいだろう.本書で平井の文章から援用している記述は3箇所ある.初出は以下の通り.

平井憲夫の引用 1

二章三節 「原発稼働の実態」
原発炭酸ガスを出さないので石油を使用する火力発電に比べてクリーンだ」という言説を批判する文脈において,原発のサイクル(ウラン鉱石採掘から使用済核燃料の最終処理に至るまでの全過程)における放射性物質の放出による環境汚染の一例として,「20年間にわたって原発の現場で働き,その後原発被曝者救済に尽力され1997年に亡くなられた平井憲夫という方がおられる」と紹介した後,平井の「経験にもとづい」た以下の文章を引用している.

冬に定検[定期点検]工事をすることが多いのですが,定検が終わると,海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです.……海に放射能で汚れた水を垂れ流すのは,定検の時だけではありません.原発はすごい熱を出すので,日本では海水で冷やし,その水を海に捨てていますが,これが放射能を含んだ温排水で,一分間に何十トンにもなります
(p.40)

この引用の直後,以下のようにまとめている.

定検では,放射能を有する期待も大気中に放出されている.このように原発は,それ自体が放射能と熱の二大汚染源である.その影響がすぐには明らかにならないからといって,このまま原発を可動し続け,何世代も跡にどのような影響がもたらされるかを人体実験するわけにはゆかない.

さて,これは正しいのだろうか?というのが僕の疑問である.「放射能と熱の二大汚染源である」という部分には平井の文章とは違う参考文献の通し番号がふられており,複数ソースからの確認がされているものと想像する*4が,直接引用されている文章意外は本を読んでいる人を説得する論拠にはならない.山本は,平井の文章を正しいものとして原発批判をしているが,少なくともこの部分には疑問点がある.
まず,原子炉は排水中の放射能濃度を計測している.明らかに安全でないレベルでないとわかっているのに稼働を続けるのだろうか.まあ,もしかしたら続けちゃうところもあるかもしれない(こういうところは,さっさと潰さないとマズイ),が,モニタリングしているデータは公開されている,外部の研究者にすぐバレるのではないか.リアルタイムモニタリングは例えば九州電力のものがある.
Q&Aには人に影響のないレベル(まあ正しくは,統計的にユーイにならんレベルという意味だろう)と言明されている.これは平井の「放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまう」という文章から受ける印象とはまるで違ったものだ.確かに微量に含まれるが,それは人体に影響のないレベルなのだそうだ,それを汚染というのは受け取り方の違い以上の乖離があると僕は感じるのだが.

Q:温排水の中に放射能は含まれるのですか。

A:原子力発電所では、管理区域内で使った雑用水や、修理や点検時に着た作業衣を洗濯した水の中に、微量の放射性物質が混ざることがありますが、それらの廃液は蒸発処理し蒸留水にしており、また放出する場合には、フィルター等を通したうえで放射能の濃度が十分低いことを確認し、冷却水(海水)と一緒に放出することにしています。
 従って、海へ放出する放射性物質の海水中での濃度は、十分低く抑えられており、人体に影響がないよう管理されています。

http://www.kyuden.co.jp/notice_sendai3_faq_environment.html#12

また,温排水については例えば中部電力にQ&Aがある.たしかに電力会社のQ&Aなので,過度に安全を誇張するきらいがあるが,平井とどちらが虚偽を書いているだろうか?真相は分からないが,間違いが露呈した時の責任の重さは間違いなく違う.もしも電力会社が,温排水の管理を全くしておらず,虚偽の報告を行っていたことが露呈したら,とんでもない不祥事であると思うのだが(よーはリスクが高いと言いたいのだ).
原発建設計画時に環境への影響評価をし,結果を経産省が審査するみたい(参考:電気事業連合会).外部機関じゃないのか*5

Q:原子力発電所で排出される温排水は、海生生物や地球温暖化など環境への影響はないのですか?
A:……復水器の中では、蒸気と海水は別系統になっているため、混ざり合うことはありません。冷却用の海水は、復水器を通る間に取水したときより約7℃温度が上昇して海に戻されますが……
浜岡原子力発電所では、環境への影響が少ない放流方式等を選定するとともに、温排水の前面海域への影響調査を30年以上継続して実施しています。調査結果によると温排水による環境への影響は放水口周辺にとどまっており、水温や漁獲量などに長期的な変動傾向はみられないとされています。

http://www.chuden.co.jp/faq/faq_nuclear/3005263_7691.html

しかし「どちらを信じるか」という議論になっているのがつらいね.リアルタイムデータが嘘だったら?環境が汚染されるレベルであれば簡単に測定でき,外部の研究者が黙ってないと僕は信じていて,だから平井の文章は疑わしいと考えるのだが,信仰の問題になってしまった.書く前は,もっとすっきり解決できると思ったんだけど.でもやっぱり平井とモニタリングしている研究者(1人じゃないしデータは公開されてる)どちらを信じるかと言ったら確度が高いのは後者だろう(たぶん!).

平井憲夫の引用 2

労働環境の悪辣さの例として,原発は不具合が生じても原子炉をとめずに作業をさせ,それが明るみに出た例を桜井淳の書から引きつつ,「きわどくきりぬけた,そして外部には現れなかったケースも多くあったに違いない」と推量し,その点について平井の指摘を引用している

なぜ,原発を止めて修理しないかと疑問に思われるかもしれませんが,原発を一日止めると,何億円にも損になりますから,電力会社は出来るだけ止めないのです.放射能というのは非常に危険なものなのですが,企業というものは,人の命よりもお金なのです
(p.43)

平井憲夫の引用 3

設計に関する問題点を指摘する文脈において

前述の平井もまた,いくつものメーカーの寄り合い所帯で造られた高速増殖炉もんじゅ」について,図面を引く基準が「日立は0.5mm切り捨て,東芝と三菱は0.5mm切り上げ,日本原研は0.5mm切り下げ」の違いがあったため,配管が全て図面通り寸法通りに造られていたにもかかわらず,「百カ所も集まると大変な違いになり」合わなくなったという経験を記している.この場合には事故には至らなかったけれども,最先端の技術を結集した米国アポロ計画で,ヤードとメートルを取り違えて事故を起こしたという話が思い出される.人為的ミスは冷静に考えれば信じられないようなところで生じるのである.
(pp.46-47)


以上が平井憲夫の引用の全貌である.仮に引用文のすべてが誤りであったとしても,引用2,3については他にも多数の引用があるために影響は軽微だが,引用1は論拠の核(の一部)となっているので,やはり気になる.

素朴な疑問

p.38において「原子力発電を推進するさまざまな根拠が,あるいは水力や火力に対する原子力使用の「メリット」なるものが,これまで電力会社」などから語られてきたが,「その殆どは,専門的な立場から説得力ある議論で論駁されているので」立ち入らないとしているが,その議論へのリンクを張っておいて欲しかったなーと.

これからのこと

「では現実に何が出来るのか?」は語られていない.この薄い本では「どのようにして原発が生み出されたのか?」は取り上げられ,原発という機構自体の批判があり,不自由でもいいからなくそうという決意表明があるが,具体的には展望がない(そもそも目的としていないのかもしれない).現実的には「電気料金が値上げされても,不安定な供給でもいいから原発は全て廃止にしよう」という人はいるのだろうか?僕は自然エネルギーの開発をすすめつつ,溶融塩原子炉wikipedia.今日はじめて聞いたのだ)などリスクや放射性廃棄物の低減をできる技術開発をもって脱原発をしていくのがいいんじゃないかなと思っている.
僕は出来る限り正確な調査に基づいた定量的なリスク試算を読んだ上で議論をしていきたいと思う.ただ,現実的の名のもとに今回の教訓を全く生かさないような政策が出るのを良しとはできない.少しでも教訓を活かすのだ.

福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと

福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと

更新履歴

2012/04/02 14:24 「要約」を修正.読んで理解できるように改善.

*1:黒鉛炉はマンハッタン計画のために作られた.1950年代,日本の黒鉛炉導入に対する反対を上げた科学者やジャーナリストはいなかった(p.17) 

*2:ここで技術的と言っているのは,調査機関の定量的調査結果に基づいた記述という意味に限定する.つまり,「現場技術者の感じたこと」などは排している.

*3:なにしろページ数が少ない(全101ページ)から,語りつくせているのかは分からない.一応いいたいことは言っているはず.

*4:本書巻末の参考文献には以下のように記述されている:「原発による熱汚染については中野行男・後藤正典・橋爪健郎『九電原発①温排水と海の環境破壊』(南方新社,2009)に詳しい.放射性ガスの放出と熱汚染の影響の一端は,坂昇二・前田栄作『日本を滅ぼす原発大災害』(風媒社,2007)pp.79-81,また内橋克人『日本の原発,どこで間違えたか』(朝日新聞出版,2011)pp.208-214に島根の漁師の証言として記されている.」

*5:ここらへんザルっぽい印象をうけるので,外部機関を入れたほうがいいんじゃないかなとか思う

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